第16回「農業は生命を育む産業」(2014年7月放送)

 どんなに文明が発達しても、人は土から離れては生きられないと確信しています。

 最近は、施設の中で土を使わない農業というものが珍しくなくなってきました。コンピュータ制御された最新のシステムによって半自動的に作られる作物・・・まるで工業製品です。

 「土、水、太陽、空気、いろいろな生き物・・・」作物は、これらの豊かな自然によって育まれるものです。決して人間が創り出すものではありません。私は、作物が本来育つべき環境にこだわり、自然のままに旬を大切にし、作物が持っている「ちから=おいしさ」を最大限引き出すよう努力していきます。そしてそれを食べる人から「おいしい」と思ってもらえることが何よりの励みです。金儲けしてナンボ…という考え方に異論を唱えられないまま、突き進んだ先に明るい未来は広がっていないような気がしています。

 そもそも、農業の機械化が進んできたのは、ここ数十年のことです。私の父が子どもの時代には、稲の苗は、手で植えて、手で草を取り、手で刈り取る…といった、大陸から稲作が伝来して以来続いていたやり方のままでした。その頃は、川と田んぼは土を掘って作った水路(土水路)で繋がり、生き物が行き来する道がありました。土水路は、ナマズやフナ、ドジョウなどが息づき、私たちの食料調達の場でもありました。効率化を求めて土水路がコンクリート製のU字溝になり、現在では、バルブをひねると水が出る「パイプ灌漑」となっているところも多いです。田んぼの周りに水路自体が消え、川と田んぼは分断され、物理的にすみかを奪われた生き物も数多くいます。

 とはいえ、生命を頂くことによってしか生きられない我々人間は、様々な動植物の生存を脅かし続けるしかありません。あの朱鷺でさえ、絶滅に追いやったのは我々人間です。巨額の予算で保護する陰に隠れて、他にも人知れず絶滅していく動植物があるのではないかと思うと、今の時期、田んぼで普通に見られるサギやツバメ等の鳥たちにも思いを寄せてみてはどうでしょうか。いつこれらが絶滅の危機に瀕するかわかりませんから…。

 何事も「バランス」と「タイミング」が大事です。生命を大切に育み、これを消費者に届けていくことこそ農業者の基本的役割であると思います。「農業は生命を育む産業」という認識の上に立ち、持続的で循環型の農業を押し進めることが、多様な動植物の生態系を創りだし、その結果、観光資源としての価値など、農業の多面的な機能が維持されていくのではないでしょうか。一見すると遠回りには見えても、これが日本で農業が存続し続けるための消費者の理解と支持を得ていく近道だと考えています。